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百済王族・藤原氏が加害者、日本国民は被害者

 私は何冊もの古代史を読み漁り、読み較べながらあれこれ考え続けた。そこで生まれた仮説がある。国を追われた百済王族は、自分の国を滅ぼした者への恨みつらみをバネにして、日本の国の支配者と成りおおせた。日本初代の天皇家を乗っ取ったことは、古代史をかなり綿密に調べていくことによってようやく分かるのだが(参考文献参照)。怨念を晴らしたくて起こした行動が、古くは秀吉による朝鮮侵攻であり、新しくは満州事変から始まる中国侵略、朝鮮植民地支配であった。怨念から起こしたものだけに、残酷極まりない仕打ちになってしまった。それがあの戦争であろう。こう考えると辻褄が合うのだ。

 百済王族の直系子孫といえば藤原氏であり、あの戦争のときの藤原氏といえば、藤原五摂家の筆頭近衛家の当主・近衛文麿の名が浮かぶ。彼は何をやったか、を具体的に拾い出してみよう。

 戦争責任を問う記述として、三浦朱門著『天皇の昭和』(PHP文庫)の中の次の言葉は重い。

「陸軍のみを責めるのは酷である。なによりも大きな責任を負うべきは内閣総理大臣である近衛文麿公爵であり、重要な国務を審議すべき枢密院である」と。

 また、対米英戦は当時の日本が経済制裁を受けていたがため、国民感情としてやむにやまれぬものがあったけれど、制裁の原因となった中国に対する戦いは正当な理由がなかった、という記述に私も同感である。ところが、戦争の頃に三回も首相を務めた近衛文麿の戦争観はそれとは逆だった。つまり近衛は中国へ矛先を向けることは辞さなかったのに、対米英戦には消極的であった。

 平和主義者である室伏高信著『戦争私書』の中に登場する近衛文麿は、自分が首相だったときに起こった盧溝橋事件について尋ねられ、「私は何も知らなかった」と答えている。しかし、知らなかったで済むことではない。

 鹿島曻著『昭和天皇の謎』によると、近衛は日中戦争に関しては拡大を図り続けた。一九三七年、駐中国ドイツ大使トラウトマンが日本側に比較的有利な日中和平作りに動いたのに、近衛はそれを拒否した。のみならず、一九三八年には「国民政府を相手にせず」という声明を出して日中関係を泥沼に入り込ませたのである。このように近衛は日中戦争に対しては自ら着々と戦争への布石を打ち続けたが、一方で対米英戦については終始一貫これを避けることに努めた。近衛は日米交渉解決の夢を託して、ルーズベルトとのトップ会談を企画したが、それは実現しなかった。

『現代史資料・太平洋戦争3』からアメリカ側ハルの証言を拾うと、近衛を信頼できない人物として次の理由を挙げている。

① 日本が中国を攻撃して、主要都市と工業都市を占領した一九三〇年の首相は近衛だった。

② 日本軍が一九三七年に南京で悪名高い暴虐を行なったときの首相は近衛だった。

③ 一九四〇年に南京の傀儡政権と中国の自由を押さえる諸原則を締結したときの首相が近衛だった。

 証言の中で①には誤りがあり、このときの首相は浜口雄幸であった。なぜハルが誤認したか。つまり、それほどに当時から近衛文麿の活動が華々しくて目立っていたためと思われる。中央公論新社『検証戦争責任Ⅰ』を見る限りでは、一九三〇年から四一年までの間ずっと政界の重鎮をなしたのは明らかに近衛文麿であった。

 近衛は敗戦後、戦犯に問われて直ちに自決したが、生きて極東裁判を受けていたならば、恐らく中国侵略の第一人者として極刑に処されたであろう。

 以上が、私が中国・朝鮮に対する大日本帝国の仕打ちは百済王族による仇討ち行為だった、と論じたい理由である。軍国主義者は百済王族の指揮のもとに戦意を高揚させて戦ったに違いない。

 それだけではない。 当時の日本政府は人種差別が大好きだった。「日本人の血は雑種ではなく単一で、純粋な大和民族であり、アジアでは最も優秀な民族だ」と私たちは学校で教えられた。いまにして思えば、何が単一か。頂点に百済王族がいて、彼らは土着民族を抱え込み、憎い新羅や唐への仕返し道具として用いるに必死だったに過ぎない。乗せられた土着民族は愚かだった。単一の大和民族はアジアの最高民族だ、とおだてることによって、政府は他民族を見下げる心を国民に植え付けた。必然的に朝鮮や中国への差別、蔑視が生じた。これらは百済王族の怨念が、意識的に作り出した現象だと私には思えるのだ。

 神道と結びつく政党、天皇制支持の政党の中核となっているのは百済王族系と思って間違いない気がする。中国の悪口だの、万世一系だの、天皇家の血筋が尊いだの、日本にはどうしても天皇制が必要だといった類の右傾図書を書店で見かけたが、これらは明らかに百済王族系から出た思想だと私は思う。

 自分たちを支配するのが百済王族だとはつゆ知らず、「天皇は神だ、天皇のために死ね」と言われておとなしく死んでいった日本国民の、なんとお人好しだったことよ。歯がゆくてならない。本当は朝鮮民族同様に日本国民もまた完全な被害者だったのである。この事実に日本国民自身がまず目覚めねばならない。

 日本国民は被害者でありながら、中国や韓国、北朝鮮から怨念の矢を浴び、加害者呼ばわりされた。こんな哀しいことがあろうか。

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